📓 はつの副業日記

借金・返済記

新卒の手取りでパチンコにハマり、借金300万円を超えた話

#パチンコ#借金#依存#新卒#体験談#自転車操業#消費者金融

新卒で東京で働き始めた頃、私はパチンコで 借金が300万円を超えました 。 今振り返れば完全に「依存」だったと分かりますが、当時は自覚なく沼の底に沈んでいきました。

正直、この話を書くのはちょっと怖いです。 でも同じ年代の人で「ちょっとハマってるかも」と思っている人が一人でも踏みとどまってくれたら、書く意味はあると思いました。

始まりは「気晴らし」だった

東京で就職した当時、私の懐事情はこんな感じでした。

項目金額
手取り月収約18万円
家賃約5万円
奨学金返済約3万円
食費・光熱費約5万円
自由に使えるお金約5万円

平日は三交代シフトの工場勤務。日勤・準夜勤・夜勤が一週間ごとに入れ替わる体に重いリズムです。 休みの日も、生活費の足しにアルバイトを入れていました。

そんなある日、仕事帰りに「ちょっと気晴らしに」とフラッと入ったパチンコ屋で 初めて勝ちました 。 その日の勝ち額はたしか3万円ほど。今思えばしょうもない金額です。でも当時の自分にとっては「1ヶ月の自由なお金の半分以上」が、たった数時間で手に入った計算でした。

ここから歯車が狂い始めました。

「次も勝てるはず」が全て

翌週、また行く。負ける。「次は取り返せる」と思う。また行く。 これを 数ヶ月で借金が膨らむレベルまで繰り返した のが、私の依存の始まりでした。

当時の自分の頭の中はこんな感じでした:

認知の歪み実際の自分の思考
勝った日だけ覚えている「あの台、また出るかも」
負けた金額は別の財布扱い「あれは”投資”だから」
行かない日のほうがソワソワ「家にいるのもったいない」
収支は付けない「数えるとヘコむから」
取り返せると信じる「あと10万あれば帳尻合う」

特にヤバかったのは 収支を付けなかったこと です。 収支を見ない人は、必ず負けています。 見たくないからこそ依存が続くんです。

借金の「自転車操業」が始まる

最初は10万、20万のキャッシング。 そのうち、毎月の給料だけでは支払いが回らなくなり、複数の消費者金融 から借りるようになりました。

行動パターンはこうです:

ステップ内容
A社で30万借りる → B社の返済に充てる
B社で30万借りる → C社の返済に充てる
給料日に全社にちょっとずつ返す
数日後、また足りなくなり A社で借りる
①〜④を毎月ループ

これを 自転車操業 と言います。完全に名前が付いている悪習です。

借金額の推移はざっくりこんな感じでした:

時期借入総額
1年目 後半50万円
2年目 春120万円
2年目 秋200万円
3年目 春300万円超

300万円を超えるのは、本当にあっという間でした。 気づいたら超えていた、というのが一番正直な表現です。

仕事もアルバイトも、全部「返済」のためになる

正社員の本業に加えて、休みの日と夜間にアルバイトを入れる生活。

私の一日のスケジュール(夜勤週):

時間内容
20:00出社(夜勤シフト)
翌 5:00退勤
6:00仮眠(3時間ほど)
9:00起きてアルバイトへ
14:00バイト終わり
14:30パチンコ屋へ直行
19:00帰宅、また出社準備

働いても働いても、借金は減らずに むしろ増えていく 。 月の返済額が手取りを超えそうな、絶望的な状態に近づいていました。

そして体は当然壊れます。三交代シフトは睡眠リズムを破壊する勤務形態で、そこにバイトとパチンコまで重ねたら、若くても倒れます。

学んだこと(その先の話は次回へ)

ここから一気に立ち直ったわけではありません。 この後、カードローンを肩代わりしてくれた “救いの神” が現れます(次回の記事で書きます)。

今振り返って、当時の自分に伝えたいのは3つ:

  1. 「気晴らし」と「依存」の境界線は、本人には見えない
    • 周りに「ちょっと多いんじゃない?」と言われた時点で、もう中に入っている
  2. 収支を見ない人は、必ず負けている
    • 収支を付けるだけで、半分は冷静になれる
  3. 稼ぎ方を知らないうちに増やそうとすると、必ず溶かす
    • 20代の自分には、運用以前に「稼ぎを管理する力」がなかった

パチンコで儲けている人を否定するつもりはありません。 ただ、当時の自分のような状態の人 には、絶対に近づいてほしくない世界です。


次回は「カードローン300万を肩代わりしてくれた、救いの神の話」を書きます。 依存と借金が、どんな関係性によって止まったのか。続きが気になる人は、また見に来てください。


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